Drift Bottles 2016

Drift Bottles, 2016

Porcelain bottles, sand

11 x 76 x 132 in

Time Difference: Vol.2 New York-Seattle-Tokyo-Kobe

June 1 – June 5, 2016

Organized by Art Beasties

Hyogo Prefectural Museum of Art, Kobe Japan

Supported by The Asahi Shimbun Fund, The Kobe Cultural Fund, PARCO crowd funding Booster

 

CONCEPT

21 years ago, I left Japan a few months after Hanshin-Awaji Earthquake in 1995. I was at home in Shikoku Island during the earthquake. I experienced strong and long shake although we were fairly away from the epicenter. The day I left my island, I had mixed feelings while watching the reconstruction of the city of Kobe from the bullet train. Since then, I have been working and living in the Pacific Northwest region. In 2016, I had an opportunity to exhibit my work relating to the earthquake in Kobe. This is my first exhibition since I left Japan.

Hailing from a town in rural Shikoku, Japan, my youth was delineated by the seashore of my small island. As my father drove the northeast side of the coastline of Shikoku Island from Takamatsu City to Naruto City as a track driver, I often sat in front passenger seat. When we stopped by the beaches, I looked for a message in a bottle, especially from foreign countries. I also made my bottle and released it into the sea although the bottle kept coming back to the shore by wave. I threw it again and again as far as I could. Sea is omnipresent in my daily imagery as I watch the floating forms of ships, tankers, and drifting objects. I was intrigued by floating debris in the ocean from 2011 Tsunami in Japan, which took over 20,000 people’s life. It washed everything away. I think of the sea between the Pacific Northwest and Japan. They float in the ocean like patchy islands. Some of them were actually arrived to the west coast, including of house, boats, ships, motorcycle, furniture, soccer balls, shoes, plastic containers, etc. This debris is a part of someone’s life. Each object has a story or belongs to someone. They speak to us not just as an inanimate object, but to the human spirit, to the tenacity of people.

Video: Drift Bottles 2016 Performance by Fumi Takahashi

 

  

  

  

漂着瓶

2016

磁器、砂

コンセプト:

21年前、1995年に阪神淡路大震災が起こった数ヶ月後に日本を発った。四国の自宅で、地鳴りで目を覚まし、横揺れを2、3分間経験した。震源地からかなり離れた場所であったにもかかわらず、それはとても激しい揺れであった。新幹線の中から復興中の神戸を複雑な心境で見ながら通り過ぎた。それ以来シアトルを拠点に制作活動を続けている。

小学生の頃、四国の高松から鳴門までの海岸沿いを仕事で往復する父のトラックによく乗車した。学校で話題になった海外から漂着した手紙入りの瓶のニュースに影響され、立ち寄る海岸では瓶を探した。瓶に手紙を託し、海の向かうの誰かが拾って連絡をしてくれるのを期待しながら、波に向かって投げた。波が瓶を押し戻し、拾っては投げ入れた。違う国の人と繋がる夢を、海の地平線に見た。まだインターネットもメールも無かった子供時代である。

月日は経ち、2011年に東日本大震災で津波が町や人を飲み込んだ。数年後に太平洋の対岸であるアメリカ西海岸に大量の津波の漂着物が流れ着いた。魚船、ボート、オートバイ、生活用品、木材、サッカーボール、漁業用品、灯油ポリタンク、ペットボトル、発泡スチロール、電球、個人名を記した物や大型漂着物もあった。

兵庫県立美術館での作品は『記憶・時間・距離・繋がり』を時差としてとらえ表現する。瓶に手紙を入れて海に投げ入れ知らない人にメッセージを託すコミュニケーション、時差や時代、距離を越えて、一個人との繋がりを共有するコミュニケーションを表現する。ebayで古い瓶を購入し、それらを石膏で型をとり、泥漿 (粘土と水を混合状態にしたもの)を石膏に流し込み形成し、焼成する。瓶は時代的に古いもの、海に流すのに形状的に丈夫そうなもの、大きさ、形の美しいもの、特別な文字が入っているものを基準にした。一個一個の作品にシリアルナンバーとして0001からのナンバーを刻印している。

図録からの抜粋 (Ko IRKT MAHO HIKINOとの対話)

ko:まず、あなたの名前と、今いる場所と、日付と時間、簡単にどういうアーティストなのか紹介してもらえますか。

Yuki:はい、 中村ユキです。タコマに住んでいます。シアトルから南に40マイルなんですけども。朝の7時6分です。という訳で、朝の6時に起きたのでまだ眠いです。作品は、インスタレーションと、(スカルプチュア)スカルプチャー、パブリックアート、それから最近はティーチングもやってます。で、今回の作品は、古い瓶をebayで買って、その瓶の形を石膏でとって、その中に(デイショウ)泥漿っていう土を流し込んで、それを60から70個くらいを床に並べるインスタレーションにしようと思ってます。

Maho:さっきYukiさんが送ってくれた(プロポーサル)プロポーザル、メールで見ました。

Yuki:プロジェクターの映像の方はまだ作ってないんですが、制限が有るようだったら、床に直接並べる方向でいこうかなと思ってます。まだその辺はモノを見ていないとイメージが湧かないので、今20個くらい作っているんですが、それを床に並べてみて、自分の中にイメージが来たら、作れるんですけど。今まだその段階じゃないです。今週中にその実験みたいなものをやってみようと思います。

会場全体の印象として、床を使う人はいますか?どうでしょう?

Maho:床は今のところ、私と(yuki) Yukiさんですね。設置方法としては、床置じゃないとしたら、候補としては何があるんですか?

Yuki:候補としては、色々考えたんですけど、壁から紐をたらす感じにしようと思ったんですが、やっぱり重力的にどうしても瓶が横倒れになってしまうんですよ。宙づりに出来ない。まあ、シンプルに床に並べるだけでよいかなと思いつつ。こう、どうやって作品を(現地まで)もっていけばいいかというところで頭がいっぱいになってしまって(笑)

Maho:確かに。重いんですか?

Yuki:重いというか、子供を2人連れて行くので、子供のセーフティーが一番大事というか。あまりどっしりともっていく訳にはいかないので、先に実家に送ろうかなと。まあ、どうやってモノを送ろうとかいつ現地入りできるかとかその辺の調整を今自分の中でしていて、作品の微妙なところというか最終の詰めをまだ出来ていないんです。

Maho:なるほど。では、今回の「時差展」というところに、作品がどう繋がっていくのかというところを話してもらっていいですか?

Yuki:30年くらい前、メールも無かった時代に、子供時代を過ごしたんですが、違う国の人と繋がる夢みたいなものが子供の頃からあったんです。海の近くで育っているので、海の向こう側をいつも見ていた気がします。その時に、学校でちょっと流行っていた、海岸で瓶の中に手紙を入ってるのを見つけるっていうのがあったんです。それを思い出して・・。今どき瓶の中に手紙を入れて送るというプロジェクトがまだあるらしいです。(ドイツでも) どこの国か忘れましたけど何百本と送ったっていう、そういうプロジェクトも聞いたことがあるので、そういうのを連想して。時差というか、遅いコミュニケーションというか、海に流されていくっていう。

シアトルは西海岸なんですけど、かなりの漂着物、津波の漂着物がゴミのように届いているんですよ。そういうものも掛けて、海は繋がっている分、届くものもある。そういうコミュニケーションを時差として捉えています。

私が日本を出た時は、神戸の震災があった21年前でした。今回神戸の展覧会ということで、そういう3つのことを関連させてこういうアイディアになりました。

Maho:神戸の震災の時は、日本にいたんですか?

Yuki: 四国にいました。震度5くらいだったかな。寝てたんですが、まず音が聞こえて、地鳴りというか、音の印象がすごくあって。物が壊れる、家が揺れるという感覚を経験しました。シアトルも今後50年で地震の確率がものすごくあると言われていて、学校でも防災訓練が多少あるみたいです。

Ko:確かに。

Yuki:1949年にタコマでも大きな地震があって、かなり街が壊れたみたいなんです。

Ko:ぼくは帰国子女で、小学校のとき日本に帰った時に、防災訓練を初めてやって、みんなはもうあたりまえのようにそれをやっていたのが不思議でした。

Yuki:2001年シアトルで震度5くらいの大きい地震があって、地震をあまり経験してないので、パニックに陥った人が動けなかった。というのがあったので、うちでは、子供にはまず地震があったら頭隠して机の下に入って・・・というのを教えてるんですけど。あと、海の近くに住んでるので、津波のことも。丘の上に行くとか。

Maho:なるほど、学校でやらないんですもんね。

Yuki:そうですね、津波っていうのは特に教えていませんね。

Ko:和製英語ですもんね。

Ko:で、作品についてですが、記憶とか思い出とか時間とか距離とかが入り交じった作品になるということですか。

Yuki:そうです。古い瓶を選んだので。時代的にも古い形ものを。

Ko:それはスペシフィックに選んだのですか?

Yuki:というよりも、海に流すのに形的に丈夫そうなものとか、美しいもの。ここにある(スクリーンに映す)、フラスコとか。タコマの文字が入っているものもあります。そういう感じで、選ぶ基準としては、大きさ、形の綺麗なもの、特別な文字が入っているものとか。この作品は今後の展覧会の一部にしようと思っているので、これからもどんどん増えていくと思います。

Ko:今回はその作品の第一回で、連作として続いていくということですね。いいですね。でも最初から50本揃えたらとんでもない量になりそうですね。

Yuki:1000本くらいは考えているので。今作ったものには一本一本ナンバー書いてるんですよ。0001から始めて。その中の何本かをクラウドファンディングに提供しようと思っているんですが、どうでしょう?

Ko:展示する作品の一部、ということですね。すばらしい。

Maho:いいと思います。

Ko:そこにプロジェクターで投影するということですね。

Maho:インスタレーション全体のサイズの理想としては、どういうイメージなんですか?

Yuki:ちょっとした余白も含めて5メートルくらいと書いていますが、それは収縮可能ということで。現地に入ってみて、隣の人の作品を見ながら、瓶の間隔とか数とか、調整しようと思っています。

Maho:壁から離れていた方がいい?

Yuki:そうですね、真ん中辺り。どの方向からも見れる状態にある。(石膏)磁器なので、モノが床にあるという感じになると思います。今のところ、オーガニックな感じの床置きでいいと思います。

Maho:床も木張りなので、そういうオーガニックな感じでいいと思います。

Ko:瓶が白だから床に置いたら映えるよね。コントラストがあって。

Yuki:下手な小細工をせずに、シンプルにまとめたいなと思ってます。色々考えて、あれもあるなこれもあるなと思ったりもするんですが、そうなると最初のコンセプトからどんどん離れていくので。何か提案とかありますか?

Maho:ほんとにシンプルにいくのがいいと思います。

Ko:会場の雰囲気を見て、配列とかあると思うし。

Ko:そうしましたら、全員に質問していることがあるんですが、Yukiさんにとっての、ART BEASTIESとは一体なんですか?

Yuki:それは、いつも考えているんですけども、最初に参加した理由は、自分にエネルギーを与えてくれるものとして捉えていました。実際に参加していくと・・・大変ですよね? mahoさんとkoさんは一番大変だろうと思うんですけど、運営していく大変さ、展覧会にまでもっていける、ものすごいエネルギーも必要ですよね。皆、自分の家族があったり、自分の展覧会があったりで。自分でいつも迷っている部分もあるんです、続けていけるのか。

どこまで、自分の時間とエネルギーを費やして、何が自分に戻ってくるのかということをいつも考えています。

自分のできるだけのことを、できる可能性を探るっていうところで繋がっていきたいなと思っています。それがART BEASTIESです。自分との挑戦ですけれど。個人の挑戦というか、繋がりというか。やっぱり、新しいメンバーが入ってくると、どういうことをやっているのかな、その人がどういう人なのかなっていうことに興味があるので、

自分に刺激を与えてくれる団体であって欲しい。

Ko:なるほど。とても参考になります。

Yuki:他の人はどういうことを言っているのか興味がありますね。

Ko:その人自身の経験値とかも結構左右するんじゃないですか。展示歴とか活動歴もかなり。皆さんそれぞれ違う関係性をもっていますね。

Yuki:そうですか。

Ko:展示会場でみんなの録画が「Meeting Table」に公開されるので。それぞれの作品のかちっとした見せ方も興味深いし、逆にこういった撮って出しのミーティングの映像も、1つの作品として興味深いというのはあるので。ぼくはこういう風のもののほうが、ラジオを聞いているような間隔で、長時間見れちゃう感じがしてます。

Yuki:流動性がありますよね。

Ko:そうですね、確かに。またこの男がいるなあって思われるかな?

Yuki:みんなそこまで深読みしないんじゃないですか?

Ko;:自意識過剰だ

Yuki:見てる人は意外と言ってる人の言葉が先に入ってくるような気がします。ビジュアルよりも内容。そう期待しますけど。SOILでやった展覧会の時の写真を見てると、やっぱり人が出てくるほうが楽しい。今回、個人の作品に重点を置かれたから、その中心に「Meeting Table」という流動性のある、ナマのものがあったら繋がりができていいんじゃないかな。